「はやぶさ」回収微粒子に残された小惑星の表層環境を分析
2012年02月28日
論文紹介
探査機「はやぶさ」回収微粒子に残された小惑星の表層環境
中村栄三・牧嶋昭夫・森口拓弥・小林桂・田中亮吏・国広卓也・辻森樹・坂口千恵・北川宙・太田努・
谷内勇介(岡山大学地球物質科学研究センター)・矢田達・安部正真・藤村彰夫・上野宗孝・
向井利典・吉川真・川口淳一郎(宇宙航空研究開発機構)
(米国科学アカデミー紀要電子版に2012 年2 月27 日掲載)
小惑星は、地球や火星といった固体惑星、あるいは月のような大きな衛星にまで成長できずに進化を止めた天体であり、地球では失われてしまった太陽系の形成初期およびその後の物質進化の情報を記録・保持していると考えられています。また小惑星は、地球上で見つかっている隕石の主な供給源であるとされており、さまざまな隕石を用いて小惑星の化学組成や成り立ちの多様性ついての科学研究が行われてきました。しかし、どの隕石がどの小惑星からやってきたのかという正確な対応関係を得ることは難しい上に、地球に突入する際の大気摩擦により、(宇宙空間に直接さらされていた)隕石表面の情報は失われてしまいます。そのため、小惑星表面で何が起こっているかを知ることは非常に困難でした。それに対して、今回探査機「はやぶさ」によって小惑星イトカワ表面より持ち帰られた試料は、大気の無い小天体上で実際に宇宙環境にさらされていた状態をほぼそのまま保持しています。すなわち、試料を詳細に観察・分析することによって、小惑星表面における活発な物質・物性の多様化の過程を科学的に検討することができるようになったのです。
この論文は、我々岡山大学地球物質科学研究センターの研究チームが、「はやぶさ」回収試料5 粒子(!)の初期分析を通じて得た研究成果を取りまとめたものです。各粒子の大きさは40~110マイクロメートル (1 マイクロメートルは 1/1000 ミリメートル) 程度と非常に小さいものでしたが、詳細な観察の結果、粒子本体は、かんらん石、輝石、長石およびガラス、あるいはそれらの複合体からなっていることがわかりました。それら鉱物相の化学組成および酸素同位体組成の分析の結果、これら粒子は地球上のものではなく、普通隕石と呼ばれる隕石の分析結果と非常に似通っていることが明らかとなりました。小惑星イトカワ表面には普通隕石に分類される物質が存在しているのでしょう。またそれら物質は過去にいったん900℃程度の温度にまで加熱されたことも明らかとなりました。このことは、イトカワ以前に、その元となるより大きな(直径数十km 程度の)母小惑星が存在したことを示しています。また粒子に組織構造として記録された衝突の痕跡によって、その母小惑星上で大規模な衝突破壊が起こったことがわかってきました。
我々はさらに、電界放出型走査電子顕微鏡を用いた微粒子表面の詳細な観察を世界で初めて行いました。その結果は驚くべきものでした。粒子表面には、太陽風にさらされることによる宇宙風化の痕跡に加え、数10 ナノメートル (1 ナノメートルは 1/100 万ミリメートル) の微粒子が極めて高速(数十km/ 秒)でぶつかった結果形成されたドーナッツの様なリングを持つクレーターや、衝突のエネルギーによって融解した飛沫が飛び散り付着した様子、さらには1 マイクロメートル程度の破砕された極微細粒子が表面に付着しているなど、人類が初めて見る多様な世界が広がっていたのです。これらの観察は、小惑星(大気を持たない、微小重力天体)表面における活発な物質衝突の結果と考えることができます。
「はやぶさ」による観測から、小惑星イトカワは大小様々な岩石が瓦礫のように積みあがった構造をしているとされています。今回の研究によって、それらの岩石(少なくとも一部)は、もともと、より大きな天体を構成しており、それが天体同士の衝突によって破砕され、再び寄り集まることによって現在のイトカワとなったと考えることができます。そして小惑星イトカワが形成されたあとも、その表面に様々な大きさの物体が衝突し、破壊、融解、そして風化に伴って、宇宙空間に非常に細かい塵を放出し続けているのです。残念ながら、分析に使用できる量が十分でないため、それがどれくらいの時間で起こっているのかについては決定できませんでした。この研究をきっかけに、太陽系内の物質の運動や、進化を止めたと考えられていた小惑星表面での活発な物質相互作用についての理解が進むことが期待されます。またこの研究成果をもとに、将来の惑星探査計画の立案・推進に対して貢献できると考えています。
図の解説: 探査機「はやぶさ」によって小惑星イトカワ表面より持ち帰られた試料の電子顕微鏡写真。
宇宙空間と接する小惑星表面の状態は衝突や破壊によって特徴付けられます。一見静かな宇宙空間を漂う小惑星イトカワですが、その表面は常に高速微粒子が衝突する“ 激しい” 環境であるといえます。
(a) 典型的な粒子の電子顕微鏡写真(日本電子JSM-7001F で撮影)。粒子は角ばっており,破砕によって生成したことを示しています。表面にはさらに細かい粒子が付着しています。
(b) 小惑星表面で衝撃によって一度溶けた物体が表面に再び付着し急冷・固体となった物体。内部に発泡した構造が観察されます。融解時間は1/1000 秒程度で、小惑星表面上で 1 m の距離から飛び散ったと推定できます。
(c) ドーナッツ状のリングをもつナノクレーター ( 直径:300 ナノメートル程度)。
(d) 小惑星表面に降り注ぐ太陽風(主に水素原子などのプラズマ)による浸食によって形成されたと考えられるサメ肌状組織(右側)左側の割れた面はなめらかな表面をしています。
探査機「はやぶさ」回収微粒子に残された小惑星の表層環境
中村栄三・牧嶋昭夫・森口拓弥・小林桂・田中亮吏・国広卓也・辻森樹・坂口千恵・北川宙・太田努・
谷内勇介(岡山大学地球物質科学研究センター)・矢田達・安部正真・藤村彰夫・上野宗孝・
向井利典・吉川真・川口淳一郎(宇宙航空研究開発機構)
(米国科学アカデミー紀要電子版に2012 年2 月27 日掲載)
小惑星は、地球や火星といった固体惑星、あるいは月のような大きな衛星にまで成長できずに進化を止めた天体であり、地球では失われてしまった太陽系の形成初期およびその後の物質進化の情報を記録・保持していると考えられています。また小惑星は、地球上で見つかっている隕石の主な供給源であるとされており、さまざまな隕石を用いて小惑星の化学組成や成り立ちの多様性ついての科学研究が行われてきました。しかし、どの隕石がどの小惑星からやってきたのかという正確な対応関係を得ることは難しい上に、地球に突入する際の大気摩擦により、(宇宙空間に直接さらされていた)隕石表面の情報は失われてしまいます。そのため、小惑星表面で何が起こっているかを知ることは非常に困難でした。それに対して、今回探査機「はやぶさ」によって小惑星イトカワ表面より持ち帰られた試料は、大気の無い小天体上で実際に宇宙環境にさらされていた状態をほぼそのまま保持しています。すなわち、試料を詳細に観察・分析することによって、小惑星表面における活発な物質・物性の多様化の過程を科学的に検討することができるようになったのです。
この論文は、我々岡山大学地球物質科学研究センターの研究チームが、「はやぶさ」回収試料5 粒子(!)の初期分析を通じて得た研究成果を取りまとめたものです。各粒子の大きさは40~110マイクロメートル (1 マイクロメートルは 1/1000 ミリメートル) 程度と非常に小さいものでしたが、詳細な観察の結果、粒子本体は、かんらん石、輝石、長石およびガラス、あるいはそれらの複合体からなっていることがわかりました。それら鉱物相の化学組成および酸素同位体組成の分析の結果、これら粒子は地球上のものではなく、普通隕石と呼ばれる隕石の分析結果と非常に似通っていることが明らかとなりました。小惑星イトカワ表面には普通隕石に分類される物質が存在しているのでしょう。またそれら物質は過去にいったん900℃程度の温度にまで加熱されたことも明らかとなりました。このことは、イトカワ以前に、その元となるより大きな(直径数十km 程度の)母小惑星が存在したことを示しています。また粒子に組織構造として記録された衝突の痕跡によって、その母小惑星上で大規模な衝突破壊が起こったことがわかってきました。
我々はさらに、電界放出型走査電子顕微鏡を用いた微粒子表面の詳細な観察を世界で初めて行いました。その結果は驚くべきものでした。粒子表面には、太陽風にさらされることによる宇宙風化の痕跡に加え、数10 ナノメートル (1 ナノメートルは 1/100 万ミリメートル) の微粒子が極めて高速(数十km/ 秒)でぶつかった結果形成されたドーナッツの様なリングを持つクレーターや、衝突のエネルギーによって融解した飛沫が飛び散り付着した様子、さらには1 マイクロメートル程度の破砕された極微細粒子が表面に付着しているなど、人類が初めて見る多様な世界が広がっていたのです。これらの観察は、小惑星(大気を持たない、微小重力天体)表面における活発な物質衝突の結果と考えることができます。
「はやぶさ」による観測から、小惑星イトカワは大小様々な岩石が瓦礫のように積みあがった構造をしているとされています。今回の研究によって、それらの岩石(少なくとも一部)は、もともと、より大きな天体を構成しており、それが天体同士の衝突によって破砕され、再び寄り集まることによって現在のイトカワとなったと考えることができます。そして小惑星イトカワが形成されたあとも、その表面に様々な大きさの物体が衝突し、破壊、融解、そして風化に伴って、宇宙空間に非常に細かい塵を放出し続けているのです。残念ながら、分析に使用できる量が十分でないため、それがどれくらいの時間で起こっているのかについては決定できませんでした。この研究をきっかけに、太陽系内の物質の運動や、進化を止めたと考えられていた小惑星表面での活発な物質相互作用についての理解が進むことが期待されます。またこの研究成果をもとに、将来の惑星探査計画の立案・推進に対して貢献できると考えています。
図の解説: 探査機「はやぶさ」によって小惑星イトカワ表面より持ち帰られた試料の電子顕微鏡写真。
宇宙空間と接する小惑星表面の状態は衝突や破壊によって特徴付けられます。一見静かな宇宙空間を漂う小惑星イトカワですが、その表面は常に高速微粒子が衝突する“ 激しい” 環境であるといえます。
(a) 典型的な粒子の電子顕微鏡写真(日本電子JSM-7001F で撮影)。粒子は角ばっており,破砕によって生成したことを示しています。表面にはさらに細かい粒子が付着しています。
(b) 小惑星表面で衝撃によって一度溶けた物体が表面に再び付着し急冷・固体となった物体。内部に発泡した構造が観察されます。融解時間は1/1000 秒程度で、小惑星表面上で 1 m の距離から飛び散ったと推定できます。
(c) ドーナッツ状のリングをもつナノクレーター ( 直径:300 ナノメートル程度)。
(d) 小惑星表面に降り注ぐ太陽風(主に水素原子などのプラズマ)による浸食によって形成されたと考えられるサメ肌状組織(右側)左側の割れた面はなめらかな表面をしています。
PNAS掲載論文
http://www.pnas.org/content/early/2012/02/17/1116236109
【お問い合わせ先】
地球物質科学研究センター
教授 中村栄三
(電話)0858-43-3745
(12.02.28)