一酸化窒素(NO)の細胞生死への二面性作用機構の解明
2011年06月08日
本学大学院医歯薬学総合研究科上原 孝教授の研究グループが、一酸化窒素(NO)の標的蛋白質として癌抑制作用を持つPTENを特定し、その効果が脳梗塞時における神経細胞生死の運命を決める一因であることを世界で初めて突き止め、米国科学アカデミー紀要(PNAS)電子版に平成23年6月7日発表した。今回発見したNOの作用する経路は細胞の生存や増殖といった基本的機能ばかりでなく、癌・高血圧・脳梗塞などの病態形成に深く関わることが示されている。今後、各病態サンプルを用いて発症との因果関係の詳細を明らかし、さらに、この経路に対する作用薬の開発を行うことでより効果的な治療につながることが期待される。
<概 要>
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(薬効解析学)上原孝教授の研究グループは、一酸化窒素(NO)の標的蛋白質として癌抑制蛋白質PTENを特定し、その効果が脳梗塞時における神経細胞生死の鍵を握っていることを世界で初めて突き止め、米国科学アカデミー紀要(PNAS)電子版に平成23年6月7日発表した。
NOは比較的低濃度では記憶や血圧調節などの生理的な役割ばかりでなく細胞死も抑制することが知られている。一方、高濃度では多くの細胞や体内に侵入してきたバクテリアなどを死に至らしめ、また、アルツハイマー病などの神経変性疾患発症にも関わっている。しかしながら、なぜNOの濃度によって細胞の生死に違いが現れるかについては長らく不明であり、このような二面性の作用に対する本格的なアプローチはなされてこなかった。今回の発見は、この謎を解く重要な手がかりとなる。
NOの標的として発見されたPTENは細胞内シグナル伝達系の一つであるAkt経路の上流に位置し、シグナル系に対して抑制的に働く。Akt経路は血圧調節や細胞死抑制(細胞生存)に関わる一方、過度に活性化すると癌形成を招くなど、生体にとって重要なシグナル系であることが知られてきた。
今回の成果から、PTENは非常に低濃度のNOによって酸化修飾の一つであるS-ニトロシル化されて、活性が抑制されることがわかった。その結果、PTENによる抑制が解除されてAktシグナルのスイッチがONとなり、細胞死抑制効果が生じる。一方、高濃度NOはPTENばかりでなく下流のAktもS-ニトロシル化してしまい、シグナルはOFFになる。このことから、NOの濃度によって一つのシグナル経路が活性化あるいは不活性化されること、すなわちNOがAkt経路の活性制御スイッチ分子として働いていることがわかった。
このような現象は動物の病態形成においても観察された。ネズミに脳梗塞をおこさせると、中心部では速やかに神経細胞死がおこり、その周辺部ではゆっくりとした細胞死がおきる。ヒトの場合も同様であり、この周辺部を種々の治療によっていかに救うかが重要となっている。この両部位の違いは以下のように説明できる。つまり、脳梗塞中心部ではNO 濃度が非常に高く、周辺にいくに従って低くなっていたが、予想通り、中心部ではPTENとAktの両方が、周辺部ではPTENのみがS-ニトロシル化されていた。これらの結果から、中心部ではAktを介する細胞生存シグナルがOFFになっており、より神経細胞が死にやすくなっていること、一方、周辺部ではPTEN のみがS-ニトロシル化された結果、AktシグナルがONになっており、神経細胞の危機的状況を回避させるように働いていることが示唆された。
<見込まれる成果>
今回発見したNOの標的であるAkt経路は細胞の生存や増殖といった基本的機能ばかりでなく、癌・高血圧・脳梗塞などの病態形成にも深く関わることが示されている。これらの病態発症にNOが関与していることは古くから指摘されてきたが、濃度の差によって同じ臓器内でも運命がわかれる可能性があることがわかった。このような観点で今後、各病態サンプルを用いてNO濃度と発症との因果関係の詳細を明らかし、さらに、この経路に対する作用薬の開発を行うことでより効果的な癌や脳梗塞の治療につながることが期待される。
【本件問い合わせ先】
岡山大学 薬学部・上原 孝
(電話番号)086-251-7939
(11.06.08)