九州大学
岡山大学
◆ポイント
- 近年、個体数の増加したシカの採食で森林の下層植生が減少し、九州の山岳林では土壌侵食が生じています。一方、このような土壌侵食が樹木成長にどう影響するかは不明でした。
- 山岳ブナ林が広がる九州大学宮崎演習林(椎葉村)において、土壌侵食の指標である根の露出程度とブナの成長量との関係を調べたところ、根の露出程度が大きいブナほど成長が低いことが明らかになりました。
- 本研究成果は日本の森林で深刻化するシカの下層植生採食が樹木衰退を招く一因となることを初めて示し、今後のシカの食害対策を考えるうえで役立つことが期待されます。
近年、日本の多くの天然林では個体数の増加したニホンジカの植生採食に伴い下層植生が減少しています。下層植生の減少は土壌侵食を加速させ、樹木の根を地上に露出させますが、これまで下層植生消失により発生した土壌侵食が樹木の成長に与える影響は明らかではありませんでした。九州大学大学院生物資源環境科学府 博士後期課程の阿部隼人氏,九州大学大学院農学研究院の片山歩美助教、岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域の兵藤不二夫教授らの研究グループは、シカの植生採食が長期的に続く九州南部のブナ林で、土壌侵食と樹木成長の関係を調査しました。その結果、土壌侵食の指標である根系の露出程度が高いブナ個体ほど、毎年の着葉量や幹の成長量が低いことが明らかになりました。ブナの成長低下は本地域でシカが増加し、下層植生が減少・消失した時期から生じていることが年輪解析から分かりました。また年輪試料の炭素安定同位体を分析することで、成長低下が根の露出に伴う水不足に起因する可能性が判明しました。ブナの成長低下は地面を覆い土壌侵食を軽減する落葉・落枝の減少に繋がり、さらなる土壌侵食とブナの成長低下を引き起こす負のスパイラルになっている可能性があります。森林を構成する樹木の成長低下は将来的な森林の劣化や荒廃に繋がる恐れがあることから、本研究結果は天然林の保全や生態系サービスを維持するために、シカの過剰な植生採食をコントロールする必要性を提示しています。
本研究成果は、2023年10月11日に国際学術誌「Catena」のオンライン速報版で公開されました。
◆研究者からひとこと
シカの植生採食は近年、日本全国の森林で増加しています。シカの強度な植生採食が森林生態系の公益的機能に悪影響を及ぼす場合、適切なシカ管理が必要になります。しかし、“強度なシカ採食は森林生態系の機能にどう影響するか”や、“どのような場所で深刻化しやすいのか”といった基本的情報は依然として少ない状況です。本研究により、シカの採食は山岳林でブナの成長を低下させる可能性があることが分かりました。この知見が人とシカとのより良い共存に役立つことを願うと共に、私たち研究チームはシカ採食が森林生態系に与えるインパクトやシカ対策による保全効果の評価について引き続き研究を進めていきます。
【謝辞】
本研究はJSPS科研費 (JP17H01912, JP22H03793, JP22J20086)およびニッセイ財団(2021-03)の助成を受けたものです。
■論文情報
掲載誌:Catena
タイトル: Soil erosion under forest hampers beech growth: Impacts of understory vegetation degradation by sika deer
著者: Hayato ABE*、Tomonori KUME、Fujio HYODO、Mimori OYAMADA、Ayumi KATAYAMA
DOI:https://doi.org/10.1016/j.catena.2023.107559
<詳しい研究内容について>
椎葉の奥山では、シカ増加に伴う土壌侵食により、ブナが衰退している
<お問い合わせ>
<研究に関すること>
九州大学大学院農学研究院 助教 片山 歩美 (カタヤマ アユミ)
TEL:0983-38-1116
九州大学大学院生物資源環境科学府 博士後期課程 阿部 隼人 (アベ ハヤト)
TEL:092-948-3101
<報道に関すること>
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