◆発表のポイント
- アルツハイマー病(AD)は診断時には、神経細胞の障害に加え、慢性炎症を誘発するアストロサイトの活性化などの病態を持つ複合的な疾患と考えられます。
- 本研究ではシグナル脂質による遺伝子発現調節が、アストロサイトの機能を防御的・攻撃的に変化させるスイッチ機能を持つ可能性を示しました。
- 本研究成果はADにおける複数の病態、アストロサイトと神経細胞の病態を同時に治療しうる多機能性の治療法開発につながることが期待されます。
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科博士後期課程の駒井真人大学院生、岡山大学学術研究院医歯薬学域の高杉展正准教授らのグループは、順天堂大学との共同研究で、ADにおけるアストロサイト機能変化に着目し、ADの遺伝的危険因子Apolipoprotein-E(ApoE)が脂質シグナルによって発現制御される機構を解明しました。
ADは進行性の神経変性疾患であり、金属におけるサビのように患者脳内に蓄積するアミロイドβ(Aβ)の代謝異常や凝集を発症原因と考える「アミロイド仮説」が強く支持されています。
一方、仮説に基づく治療薬の効果は限定的で、その理由としてAβ凝集以外に、脳内免疫の制御機能などを持つアストロサイト機能の変化など複数の病態が混在していることが挙げられます。
本研究では、ADで活性上昇するスフィンゴシンキナーゼ2(SphK2)、及びその産生脂質であるスフィンゴシン-1-リン酸(S1P)について、アストロサイト病態に与える影響を検討しました。
ApoEは抗炎症作用とAβ代謝作用を有する脂質輸送メディエーターであり、AD病態においてアストロサイトでは発現が低下します。
我々は、SphK2活性上昇はApoE発現抑制・炎症反応促進など攻撃的に、対して SphK2阻害薬は、ApoE発現増加、炎症反応抑制、Aβ取り込み促進など防御的に機能し、SphK2/S1Pシグナルがアストロサイト機能を「スイッチ」する役割を持つことを見出しました。
本研究成果は、脂質による特定の遺伝子発現調節というメカニズムを提唱し、さらに当研究グループが報告していた SphK2阻害薬が神経細胞でのAβ産生を抑制するという知見と合わせ、SphK2/S1Pシグナルが神経細胞とアストロサイトの機能を同時に制御する、多機能性を持った治療薬の標的となる可能性を示しています。
◆研究者からひとこと
前任の方からテーマを引き継いで約6年。細胞と共に過ごし、一喜一憂しながら積み重ねたデータを1つの形にすることができたことは嬉しい限りです。S1Pは少し扱いづらい性質を持っていますが、多くの可能性を秘めている興味深い分子だと思います。疾患の根治に向けて、まだまだ途上の研究ではありますが、「脂質制御によるアルツハイマー病治療」に少しでも貢献できれば幸いです。関係者の皆さまに深く感謝いたします。 | 駒井真人 大学院生 |
■論文情報
論 文 名:Nuclear SphK2/S1P signaling is a key regulator of ApoE production and Aβ uptake in astrocytes.
掲 載 紙:Journal of Lipid Research
著 者:Komai M, Noda Y, Ikeda A, Kaneshiro N, Kamikubo Y, Sakurai T, Uehara T, Takasugi N.
D O I: 10.1016/j.jlr.2024.100510.
U R L:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022227524000154?via=ihub
■研究資金
本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)「科学研究費助成事業」(基盤研究(C);26430059, 17K08272, 20K07014,基盤研究(B); 21H02815,JSPS fellowship;23KJ1603,国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)(JPMJFS2128)の支援を受けて実施しました。
<詳しい研究内容について>
脂質シグナルSphK2/S1Pによるアストロサイト機能スイッチ!~多機能性を持ったアルツハイマー病治療標的としての期待~
<お問い合わせ>
岡山大学学術研究院医歯薬学域(薬)
准教授 高杉 展正
(電話番号)086-251-7985