カプサイシンでラット口腔内の痛みの指標を確立 神経損傷後の痛覚異常発症メカニズム解明へ
2014年10月15日
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(歯)口腔機能解剖学分野の寺山隆司准教授らの研究グループが、ラットの口腔内の痛みに対する行動学的指標を確立するとともに、この指標を使って末梢神経損傷後に口腔内で神経障害性疼痛様1)の痛覚異常が起こることを世界で初めて証明しました。本研究成果は、2014年8月23日にイギリスの歯科系科学雑誌『Archives of Oral Biology』に掲載されました。
後ろ足など体肢への熱刺激や触刺激に対する逃避行動など痛みの程度を客観的に判定する指標の研究はこれまで多く行われてきましたが、口腔内における同様の指標は未だに確立されていませんでした。
今後、研究を進めていくことで、舌痛症や口腔内灼熱症候群などの痛覚異常発症メカニズムの解明に寄与することが期待されます。
<業 績>後ろ足など体肢への熱刺激や触刺激に対する逃避行動など痛みの程度を客観的に判定する指標の研究はこれまで多く行われてきましたが、口腔内における同様の指標は未だに確立されていませんでした。
今後、研究を進めていくことで、舌痛症や口腔内灼熱症候群などの痛覚異常発症メカニズムの解明に寄与することが期待されます。
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(歯)口腔機能解剖学分野の寺山隆司准教授、丸濵功太郎助教、杉本朋貞教授、同研究科(歯)顎口腔再建外科学分野の水谷雅英助教、飯田征二教授ならびに、朝日医療専門学校岡山校の土屋泰規専任教員の共同研究グループ6人は、半麻酔状態2)のラットの舌にカプサイシン3)を少量塗布し、口腔内外を舐めまわす行動が出現するまでの時間と持続時間を計測。痛みの程度を客観的に評価したところ、有用な指標であることが分かりました。
痛み関連行動はカプサイシンの濃度が増加するに従って増強し、また口腔・顔面の痛覚を伝達する延髄の神経細胞でのc-Fosタンパク4)の発現変化と相関性がありました(図1)。これらの結果は痛みの程度が行動学的指標によって判定できたことを示しています。
また、下顎の歯や歯肉、下唇の知覚を支配している下歯槽神経を損傷したラットでは、このカプサイシン塗布による痛み関連行動が増強するとともに、延髄の神経細胞におけるc-Fosタンパクの発現増加が認められ、下歯槽神経損傷によって舌の痛覚異常が起こっていることが証明されました(図2)。これらの結果は神経障害性疼痛様の痛覚異常が口腔内で発症していることを示しています。
図1. 舌に塗布するカプサイシン濃度を高くすると痛み関連行動の潜時(A)が短縮し、持続時間(B)が延長するとともに延髄におけるc-Fosタンパク発現細胞数が増加しました(C)。
図2. 下歯槽神経を損傷したラットでは対照群と比較して舌へのカプサイシン塗布による痛み関連行動が増強しました (A, B)。また延髄におけるc-Fosタンパク発現細胞数も下歯槽神経を損傷することで増加することが明らかになりました(C)。
<見込まれる成果>
本研究で確立された指標を用いた研究を行っていくことで、今後口腔の痛覚異常の発症メカニズムが解明されることが期待されます。今回の研究成果をもとに、現在われわれの研究室では、末梢神経損傷後に起こる中枢神経系でのネットワークの変化ならびにグリア細胞5)や炎症性メディエーター6)の活性化の研究を進めています。
また、舌痛症や口腔内灼熱症候群などの痛覚異常は歯科治療後に発症することが多いといわれていますが、実際には原因は特定されていません。歯科治療では抜髄など微小な神経損傷を伴う処置があるため、これらの痛覚異常にも末梢神経の損傷が関わっているのかもしれません。今後これらの痛覚異常に関してもその発症メカニズムの解明や治療法の開発に今回のような基礎研究が役立つことが期待されます。
<補 足>
1) 神経障害性疼痛
末梢神経系や中枢神経系の損傷に起因する痛覚異常。過剰な痛みを感じる痛覚過敏や通常では痛みを感じない刺激で痛みを感じるアロディニアなどが起こる。
2) 半麻酔状態
痛み刺激に対する反応はあるが、自発行動は示さない状態。
3) カプサイシン
唐辛子の辛味成分。受容体活性化チャネルのひとつであるTRPV1に作用し、激しい灼熱感をひき起こすとともに痛覚神経を刺激し、局所刺激作用あるいは辛味を感じさせる。
4) c-Fosタンパク
侵害受容伝達の指標として知られているタンパク。
5) グリア細胞
神経組織を構成する細胞でニューロン(狭義の神経細胞)以外の細胞の総称。アストロサイトやミクログリアなどニューロンの機能をサポートするとともに、神経系の機能や病変にも深く関与していることが近年明らかになっている。
6) 炎症性メディエーター
局所に侵害刺激が加わると産生・放出される起炎性物質の総称で血管拡張、血管透過性亢進、白血球遊走、細胞傷害作用などにより炎症反応を引き起こす。末梢神経損傷後に中枢神経系においてこれらの物質が活性化し痛覚異常に関与していることが報告されている。
本研究は、独立行政法人日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究C(課題番号24592764)の助成を受け実施しました。
発表論文はこちらからご確認いただけます
発表論文:Terayama R, Maruhama K, Tsuchiya H, Mizutani M, Iida S, Sugimoto T. Assessment of intraoral mucosal pain induced by the application of capsaicin. Arch Oral Biol. 2014, 59(12), 1334-1341; (doi: 10.1016/j.archoralbio.2014.08.008).
報道発表資料はこちらをご覧ください
<お問い合わせ>
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(歯)
口腔機能解剖学分野 准教授 寺山 隆司
(電話番号)086-235-6636
(FAX番号)086-235-6639
(URL)http://www.cc.okayama-u.ac.jp/~dentanatomy2/