電位を制御する人工タンパク質を創成
2015年02月25日
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(薬)の須藤雄気教授、名古屋工業大学工学研究科の井上圭一助教(JST・さきがけ研究員兼任)らの共同研究グループは、電気信号を制御するタンパク質の機能を人工的に創成することに世界で初めて成功しました。本研究成果は2月24日、アメリカ化学会誌『Journal of the American Chemical Society』電子版に掲載されました。
本研究成果は、脳神経活動をはじめとした生命活動の制御やイオン輸送の方向性の理解につながります。今後、細胞膜における電気の流れを光により自在に制御することで、うつ病をはじめとする神経疾患への適用や新薬の開発が大いに期待されます。
本研究成果は、脳神経活動をはじめとした生命活動の制御やイオン輸送の方向性の理解につながります。今後、細胞膜における電気の流れを光により自在に制御することで、うつ病をはじめとする神経疾患への適用や新薬の開発が大いに期待されます。
<背 景> 私たちの体は、電気で制御されています。例えば、行動や情動、記憶などを司る脳神経活動は、電気の流れ(電位)により制御されており、電気は人を含む全ての生命活動の根源ともいえます。(図1右) 体内で電位を制御するタンパク質は、イオン輸送体と呼ばれ、全ての生物には、イオンを濃度勾配に逆らって運ぶタンパク質(イオンポンプ)と濃度勾配に従って運ぶタンパク質(イオンチャネル)が存在します。例えて言うと、ポンプはダムに水を汲み上げるもの、チャネルは汲み出すものに対応します(図1左)。 これまで、人工的にイオン輸送タンパク質の創成に成功した例はありませんでした。 | 図1:生体内で電気の流れを司る二つの膜タンパク質(ポンプ, チャネル)(左)と脳神経活動(右) |
<研究手法と成果> 多くの生物の細胞膜には、光によって活動するイオンポンプとイオンチャネルの機能を有するレチナールタンパク質※2が存在しています(図2A)。 本研究グループは、レチナールタンパク質のポンプとチャネルの構造を比較し、光を吸収する発色団※3部分の大きな違いに着目(図2B)。両機能の発色団構造を一致させるために、イオンポンプ内の3つのアミノ酸残基※4に異なるアミノ酸を導入しました。導入した人工分子を大腸菌とアフリカツメガエルの卵母細胞(オーサイト)に発現させたところ、膜内外にかかる電位差に依存した水素イオン(プロトン)の移動が両実験で観測され、イオンポンプからイオンチャネルを創成することに成功しました(図3)。 また、創成した人工分子の構造的・分光学的特徴を調べたところ、天然の光駆動イオンチャネルと類似した極大吸収波長※5、光反応サイクル※6、荷電性残基の特徴を示すことがわかり、機能のみならず、様々な性質もチャネル型へと変換されたことが確認されました。このように、本研究グループは、これまで難しいとされてきた光駆動のイオンチャネルの創成に世界で初めて成功し、ポンプとチャネルの違いが発色団のわずかな構造的違いにより制御されていることを明らかにしました(図4)。 | 図2:様々な生物に分布するイオンポンプ(紫)とイオンチャネル(黄)(A)。イオンポンプ(紫)-イオンチャネル(橙)の構造比較(B) |
図3:チャネルに特徴的な光依存pH変化(A)。逆向き膜電位(電気の勾配)でのイオン輸送(B:黒-ポンプ)と、膜電位に依存したチャネル活性(B:赤-チャネル)
図4:本研究のまとめ。光駆動イオンチャネルをタンパク質工学的に創成することに成功!わずかな構造的違いが、二つの機能の違いを生み出すことが明らかになった。
<見込まれる効果>
近年、レチナールタンパク質を用いて、光で脳神経ネットワークの全容を解明する国家プロジェクトが米国で進行しています(光遺伝学:オプトジェネティクス)。本研究で作成した分子により、これまでONもしくはOFFの個別制御に限られてきた光神経活動制御を、ON/OFF同時制御に拡張させることが可能となります。また、本分子は、遺伝子工学・タンパク質工学の適用に優れた大腸菌において大量に調製することが可能であるため、これまで難しかった機能の向上や改変が簡便化され、新たな機能性分子の創成における基盤分子となることが期待されます。
イオンポンプやイオンチャネルを含む膜タンパク質は、薬の7割程度がターゲットとする創薬上極めて重要なターゲットです。本研究成果を用いた機能変換を通じて、膜タンパク質の機能を阻害・促進することで、うつ病をはじめとする神経疾患への適用や新薬の開発につながります。
<原著論文情報>
Keiichi Inoue, Takashi Tsukamoto, Kazumi Shimono, Yuto Suzuki, Seiji Miyauchi, Shigehiko Hayashi, Hideki Kandori & *Yuki Sudo.
“Converting a light-driven proton pump into a light-gated proton channel”
Journal of the American Chemical Society (2015) DOI: 10.1021/ja511788
本研究成果は、文部科学省科学研究補助金(若手研究A, 新学術領域研究)、科学技術振興機構などの援助を受けて行われました。
報道発表資料はこちらをご覧ください
<補足>
※1 イオンチャネル
細胞膜に存在する膜タンパク質の一種。細胞内外のイオン濃度を制御することで、恒常性の維持に重要であるとともに、脳神経系では活動電位の発生に重要なタンパク質である。
※2 レチナールタンパク質
ビタミンAのアルデヒド型であるレチナールを持つ7回膜貫通型タンパク質の総称。人から微生物まで幅広い生物種が持つ光受容タンパク質である。
※3 発色団
光吸収性タンパク質の内部には、光を吸収する分子が存在する。この光吸収性分子のことを発色団と呼び。レチナールタンパク質の場合は、レチナールが対応する。
※4 アミノ酸残基
タンパク質を構成する生体分子。約20種類のアミノ酸残基が直鎖状につながりタンパク質分子となる。
※5 極大吸収波長
光受容性タンパク質が最も良く吸収する波長を表す。この波長によって、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫などのいわゆる七色を呈する。
※6 光反応サイクル
光を受容した後、光受容タンパク質は様々な中間体を経てもとに戻る。この性質のことを光反応サイクル(フォトサイクル)と呼ぶ。
<お問い合わせ>
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(薬)
教授 須藤 雄気(すどう ゆうき)
TEL:086-251-7945
名古屋工業大学 工学研究科
助教 井上 圭一(いのうえ けいいち)