疲弊したがん攻撃細胞の機能回復に成功
2015年02月27日
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(医)免疫学分野の鵜殿平一郎教授と榮川伸吾助教、西田充香子大学院生らの研究グループは、糖尿病治療薬のメトホルミン※1にがん細胞を殺傷する細胞の疲弊を解除し、がんを攻撃する機能を回復させる作用があることを証明しました。本研究成果は2015年1月26日付け、『米科学アカデミー紀要』電子版で公開されました。
メトホルミンは、2型糖尿病患者に世界で最も多く処方されている治療薬です。これまでに、メトホルミンで長期間治療した患者は、それ以外の薬剤で治療した患者に比べ、がん罹患率、がん死亡率が優位に低いことがわかっていました。
本研究結果を応用し、メトホルミンの作用を従来のがん治療法と組み合わせることで、治療効果のさらなる改善に繋がることが大いに期待されます。
<業 績>メトホルミンは、2型糖尿病患者に世界で最も多く処方されている治療薬です。これまでに、メトホルミンで長期間治療した患者は、それ以外の薬剤で治療した患者に比べ、がん罹患率、がん死亡率が優位に低いことがわかっていました。
本研究結果を応用し、メトホルミンの作用を従来のがん治療法と組み合わせることで、治療効果のさらなる改善に繋がることが大いに期待されます。
岡山大学、川崎医療福祉大学の共同研究グループ6人は、糖尿病ではない正常マウスにがん細胞を移植し担がんマウスを作製。メトホルミンを自由飲水で与えたところ、がん塊が縮小することを発見しました。T細胞欠損マウスやエフェクターCD8T細胞※2を除去したマウスではがんは縮小しませんでした。そこで、メトホルミン服用中のマウスのがん塊に浸潤したCD8T細胞を解析したところ、その数の増加と機能の回復が著しいことが明らかになりました。
<背 景>
がん患者の末梢血中には、がん細胞を殺傷するエフェクターCD8T細胞が存在するにもかかわらず、がん塊は縮小しないことがこれまでに多く観察されていました。その原因は、がん塊に浸潤したCD8T細胞が早期に疲弊(exhausted)し、がん細胞の殺傷能力、複数のサイトカイン産生能力(多機能性)、増殖能力を消失し、多くは細胞死に陥っているためです。この疲弊現象はエフェクターCD8T細胞の細胞膜表面に発現するPD-1、Tim-3などの疲弊分子※3(免疫チェックポイント分子)から負のシグナルが入ることが原因です。
疲弊分子の機能を阻害する抗体をがん患者に繰り返し投与すると、CD8T細胞は疲弊から回復し、劇的な治療効果が見られる場合があり、抗体に代わる低分子化合物(薬剤)の開発に期待が高まっていました。
<見込まれる成果>
本研究では、メトホルミンに上記の疲弊分子阻害抗体と類似の作用があることがわかりました。メトホルミン投与によりがん塊に浸潤したCD8T細胞は多機能性を回復し、細胞死を起こさなくなりました。その結果、腫瘍局所にCD8T細胞が長く留まるようになり、しかも機能が回復しているため、がん塊を拒絶に導くことが可能になると考えられます。
今後、メトホルミンの作用を従来のがん治療法、例えばがんペプチドワクチン、チェックポイント阻害抗体、抗がん剤、放射線療法、手術などと組み合わせることができれば、治療効果のさらなる改善に繋がることが大いに期待されます。
<補 足>
※1 メトホルミン
ヨーロッパのマメ科植物であるガレガソウに由来し、エール大学のC.K.ワタナベによりその抽出物「グアニジン」に血糖降下作用があることが判明しました。グアニジンは毒性が強いためその誘導体であるフェンホルミン、ブホルミン、メトホルミンの3つのビグアナイド系薬剤が相次いで開発されましたが、フェンホルミンの重篤な副作用乳酸アシドーシスが続き、発売が中止されました。しかし、1998年の英国での大規模臨床試験UKPDS(United Kingdom Prospective Diabetes Study)によりメトホルミンの効果と安全性が確認され、現在は、欧米では2型糖尿病の第一選択薬になっています。AMP活性化キナーゼ(AMPK)を活性化させることによるインスリン抵抗性の改善、肝での糖新生の抑制、腸によるグルコースの吸収抑制により血糖降下作用が生じます。
※2 CD8T細胞
がん局所近傍のリンパ節では、樹状細胞という抗原提示細胞により、がん抗原ペプチドが抗原提示され、これをCD8T細胞が認識します。CD8T細胞は増殖しながら成熟したエフェクターCD8T細胞へと分化し、がん細胞を傷害し同時にIL-2、TNFα、IFNγなどのサイトカインと呼ばれる炎症性メデイエーターを分泌し免疫反応をさらに旺盛にします。
※3 疲弊分子(免疫チェックポイント分子)
エフェクターCD8T細胞が、がん細胞を早期に破壊し尽くすことができない場合、PD-1、Tim-3という免疫疲弊分子、即ち「免疫チェックポイント分子」と呼ばれる分子群が発現します。活性化CD8T細胞上のPD-1とTim-3は、腫瘍細胞に発現するPD-L1とガレクチン 9にそれぞれ結合して疲弊が始まります。持続する慢性感染症、がん細胞との長期化する闘いの際に、過剰な炎症反応を起こして自己組織を破壊しないよう、CD8T細胞自身の持つ自己抑制機能と考えられます。
<原論文情報>
タイトル:Immune-mediated antitumor effect by type 2 diabetes drug, metformin
著 者:Shingo Eikawa , Mikako Nishida , Shusaku Mizukami ,Chihiro Yamazaki,
Eiichi Nakayama , and Heiichiro Udono
doi :10.1073/pnas.1417636112
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岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(医)
免疫学分野 教授 鵜殿平一郎、榮川伸吾
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