関節軟骨の再生を強力に誘導するステロイドホルモンを発見
2015年03月27日
本学大学院医歯薬学総合研究科(歯)のエミリオ・ハラ研究員、窪木拓男教授らの研究グループは、米国FDAによって承認されているグルココルチコイドの一種であるフルオシノロンアセトニド(Fluocinolone acetonide:FA)に強力な軟骨細胞分化誘導能があることを発見。FAを用いて軟骨細胞へと分化誘導した細胞塊が実験的に欠損させた関節軟骨を強力に修復することを確認しました。本研究成果は、2015年3月7日、米国骨代謝学会雑誌「Journal of Bone and Mineral Research」に公開されました。
FAはすでに人に使用されている薬剤で臨床応用への障壁も低く、幹細胞(骨髄由来間葉系幹細胞やiPS細胞)を用いた関節軟骨再生治療の新たな基盤技術になるものと期待されます。
<背 景>FAはすでに人に使用されている薬剤で臨床応用への障壁も低く、幹細胞(骨髄由来間葉系幹細胞やiPS細胞)を用いた関節軟骨再生治療の新たな基盤技術になるものと期待されます。
日本における変形性関節症罹患患者は1000万人を超え、関節の炎症、痛み、可動域の制限などにより日常生活の質(QOL)を大きく低下させる疾患です。また、介護保険の要支援原因疾患の第一位に挙げられており、医療経済学的にも大きな問題となっています。骨は骨折しても再生しますが、関節軟骨は血管が乏しい組織であり、傷を受け欠損するともと通りには治癒しません。そのため、重症な場合には、人口関節置換術などの外科的手術が適応となります。近年、患者自身の正常軟骨を採取培養し移植する自家培養軟骨移植術が実施されるようになりましたが、採取した部位の感染や採取量が限られているなどの問題を抱えています。
<業 績>
本研究グループは、米国FDAに承認されている薬剤の中から、軟骨細胞分化促進能を有する薬剤を網羅的に探索し、グルココルチコイドの一つであるフルオシノロンアセトニド(Fluocinolone acetonide:FA)が強力に軟骨細胞分化を促進することを発見しました。
本研究成果を応用すれば、現在行われている自家培養軟骨移植術のために、健全な軟骨組織を採取する必要がなく、容易に採取可能な骨髄由来間葉系幹細胞にFAを用い軟骨細胞へと分化誘導し移植することで、重度な軟骨欠損を呈する変形性関節症患者にも対応が可能となると考えています。また、FAは既にFDAにより承認された薬剤であり、新規薬剤と比較し臨床応用への障害も低いと考えられます。
本研究成果は、エミリオ・ハラ研究員(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 インプラント再生補綴学分野、生体材料学分野)とビヨン・オルセン教授(ハーバード大学医学部細胞生物学・歯学部発生生物学)、マリアン・ヤング博士(米国国立衛生研究所(NIH))、滝川正春教授(岡山大学歯学部 先端領域研究センター)、久保田聡教授(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 口腔生化学分野)、松本卓也教授(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 生体材料学分野)と窪木拓男教授(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科 インプラント再生補綴学分野)の研究グループとの共同研究によるものです。
【研究成果の内容】
1) ヒト骨髄由来間葉系幹細胞 (hBMSCs)を高密度培養し、軟骨基質合成に与える影響を検討しました。その結果、 FAは、骨髄由来間葉系幹細胞を軟骨細胞に分化させる誘導因子として知られるTGF-β3と一緒に刺激することで、軟骨基質合成を著明に促進することが明らかとなりました(図1A)。
また、プロテオグリカンの一種であるアグリカンおよび軟骨細胞分化マーカーであるII型コラーゲンの遺伝子発現量を定量性RT-PCR法にて評価したところ、両遺伝子の発現レベルが有意に増加していました(図1B)。また、その効果は、軟骨細胞分化誘導因子として古くから用いられているデキサメタゾン(DEX)より明らかに優れた効果を有していました。
図1. A)サフラニンO染色.軟骨基質(赤)。
B)アグリカンとII型コラーゲンの遺伝子発現量をグラフに示す。
B)アグリカンとII型コラーゲンの遺伝子発現量をグラフに示す。
2) マウスの膝関節に軟骨全層欠損を作製し、FAとTGF-β3を用いて軟骨細胞へ分化誘導したhBMSCsを関節軟骨欠損部に移植しました。その結果、欠損部にII型コラーゲン陽性の軟骨組織が再生されている像が確認されました。一方、TGF-β3単独刺激群、DEX/TGF-β3刺激群では、軟骨再生はほとんど認められませんでした(図2)。
図2. A)トルイジンブルー染色.軟骨基質(青)。
*:再生された軟骨.▲:軟骨欠損境界部。
B) II型コラーゲンの免疫組織染色。(赤:II型コラーゲン陽性細胞)
*:再生された軟骨.▲:軟骨欠損境界部。
B) II型コラーゲンの免疫組織染色。(赤:II型コラーゲン陽性細胞)
3) FAの作用機序を分子レベルで詳細に検討した結果、FAはグルココルチコイド受容体(GR)を活性化し、核内移行を促進することで、軟骨細胞分化を正に制御していることが明らかとなりました。一方、同じグルココルチコイドの一種であるDEXにも同様の作用を認めましたが、その効果はFAと比較し、顕著に低いことがわかりました。
図3. A)リン酸化されたGRの免疫蛍光細胞染色。(青:核(DAPI) 緑:グルココルチコイド受容体。)
B) リン酸化されたGR陽性細胞の割合。
B) リン酸化されたGR陽性細胞の割合。
<見込まれる成果>
間葉系幹細胞を効率よく軟骨細胞へと誘導する技術は未だ十分開発されておらず、自家細胞移植治療の適応範囲も軽度なものに限られています。本発見は、変形性関節症の自家細胞移植治療の治療成績の向上、適応症の拡大に大いに繋がると考えます。さらに、生体吸収性材料とFAを組み合わせて投与する様な細胞を用いない軟骨再生治療にも応用可能と考えています。
<補 足>
TGF-β3:transforming growth factor-betaファミリーメンバーの一つであり、様々な細胞の増殖や分化を制御していることが知られている。また、軟骨細胞分化誘導に必須な成長因子である。
軟骨:軟骨は、90%以上が細胞を囲む細胞外マトリックスで構成されており、細胞外マトリックスは二大構成成分であるプロテオグリカンとコラーゲン線維で構成されている。プロテオグリカンは、主にヒアルロン酸、アグリカン、リンク蛋白で構成され、コラーゲン線維は主にⅡ型コラーゲンとⅪ型コラーゲンで構成されている。
<発表論文>
Emilio Satoshi Hara, Mitsuaki Ono, Pham Thanh Hai, Wataru Sonoyama, Satoshi Kubota, Masaharu Takigawa, Takuya Matsumoto, Marian F. Young, Bjorn R. Olsen, Takuo Kuboki. Fluocinolone acetonide is a potent synergistic factor of TGF-β3-associated chondrogenesis of bone marrow-derived mesenchymal stem cells for articular surface regeneration. Journal of Bone and Mineral Research, 2015, DOI: 10.1002/jbmr.2502
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<お問い合わせ>
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(歯)
インプラント再生補綴学分野
教授 窪木 拓男 / エミリオ・ハラ
(電話番号)086-235-6680
(FAX番号)086-235-6684