国立大学法人 岡山大学

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コオロギの脚が元の形に再生する仕組みを解明

2015年09月17日

 岡山大学大学院自然科学研究科の濱田良真大学院生、富岡憲治教授、医歯薬学総合研究科の板東哲哉助教、大内淑代教授らの研究グループは、フタホシコオロギの脚再生過程において、再生した脚を元通りの形に再生させる因子を探索。切断された脚が元通りの形に再生できるのは、エピジェネティック因子(E(z)、Utx)が脚の形づくりに関わる遺伝子を調節することに起因することを解明しました。本研究成果は9月1日、英国の科学雑誌「Development」に掲載されました。
 これまで、再生とエピジェネティクスの関連は報告されていましたが、再生した脚が元の形に作り直される仕組みは解明されていませんでした。本研究により、再生において重要なステップである再生芽形成、細胞増殖、再パターン形成過程をエピジェネティクスという側面からひもとくことで再生現象を解明し、再生能の低いヒトでの再生医療に応用されると期待されます。
<業 績>
 エピジェネティック制御*1とは、DNAや、DNAを巻き付けているヒストンに対する化学修飾によって、遺伝子発現を制御するメカニズムです。本研究では、エピジェネティック因子「E(z) (Enhancer of zeste)とUtx (Ubiquitously-transcribed tetratricopeptide repeat gene on the X chromosome)*2」がヒストンを化学修飾することで、形づくりに関わるパターン形成遺伝子*3の働きを制御し、元通りの形に再生するよう調節することを明らかにしました。
 フタホシコオロギの幼虫の脚を切断すると、脱皮を経て元の形に再生します(図1左)。脚の再生過程は、傷口の修復、再生芽(再生する組織の元となる細胞の塊)の形成、再パターン形成(元の形態への形作り)に分けられます。再生芽の形成や再パターン形成にはエピジェネティック因子の働きが重要であると考えられていましたが、どのような因子が働くかは未解明でした。そこで、同研究グループは、再生芽で働いているエピジェネティック因子E(z)とUtxに着目。E(z)の機能を低下(以下、阻害)させたコオロギの再生脚では余分な脚節が形成され(図1右)、Utx阻害個体では一部の関節が形成されませんでした。
また、機能阻害した再生脚で見られた異常から、E(z)とUtxがパターン形成遺伝子の働きを制御しているのではないかと推測。E(z)阻害個体では脚節の形づくりに必要なdachshund (dac)遺伝子が働く領域が拡大し、Utx阻害個体では関節の形成に必要なEpidermal growth factor receptor (Egfr)の働きが一部で消失することを発見しました。
これらの結果から、E(z)とUtxによるエピジェネティック修飾が、パターン形成遺伝子の働きを制御することで、脚を元通りの形に再生していることを解明しました(図2)。



<見込まれる成果>
 エピジェネティック因子が遺伝子の働きを制御するメカニズムは、ガンや遺伝子疾患の発症、アレルギー、体内時計、記憶と学習、開花の季節性など、広範な生命現象と関連しています。また近年、エピジェネティックなメカニズムとiPS細胞へのリプログラミングの関連も分かりつつあります。再生生物学の分野では、DNAの化学修飾によるエピジェネティックなメカニズムが、イモリやカエルの手足の再生を制御することが報告されていました。今回、コオロギの脚再生をモデルとした研究により、より普遍的な制御として知られているヒストンの化学修飾を介したエピジェネティックなメカニズムが、失われた組織を元通りの形に再生させるために必要であることがわかりました。再生能の高い生物から「失われた組織を正確に修復する普遍的なメカニズム」を学び、iPS細胞などで臨床応用するための段階を登ることで、最終的な夢であるヒトでの再生医療が可能になることが期待されます。

<補足・用語説明>
*1エピジェネティック制御: DNAやヒストンに対する化学修飾を介した遺伝子発現制御メカニズム。DNAの化学修飾は脊椎動物など高等動物でしか使用されていませんが、ヒストンの化学修飾を介したメカニズムは単細胞生物の酵母からヒトまで使用されている普遍的なメカニズムです。
*2E(z)とUtx:ヒストンH3の27番目のリジン残基(H3K27)のメチル化酵素と脱メチル化酵素。DNAは、ヒストンH2A, H2B, H3, H4の4種類のヒストンがそれぞれ2分子ずつ集まったヒストン八量体に巻き付けられており、ヒストンH3K27がE(z)によってメチル化されると遺伝子の発現が抑制されて働かなくなり、Utxによって脱メチル化されると遺伝子の発現が活性化されて働くようになることが知られています。
*3パターン形成遺伝子群:昆虫類から脊椎動物まで広く保存されている遺伝子群。主に発生過程で組織の領域ごとに特異的に発現し、組織のパターン形成を制御します。コオロギの脚再生においては、元通りの形に再生するために発現が活性化されることが知られています。

<論文情報等>
雑誌名:Development (2015) 142, 2916-2927
論文名: Leg regeneration is epigenetically regulated by histone H3K27 methylation in the cricket Gryllus bimaculatus
著者名:Yoshimasa Hamada, Tetsuya Bando, Taro Nakamura, Yoshiyasu Ishimaru, Taro Mito, Sumihare Noji, Kenji Tomioka, and Hideyo Ohuchi (2015)
URL:http://dev.biologists.org/content/142/17/2916.abstract

 本研究は、独立行政法人日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(DC2)の助成を受け実施しました。

<お問い合わせ>
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(医学系)
助教 板東 哲哉
(電話番号)086-235-7081
(FAX番号)086-235-7079
(研究室HP)https://square.umin.ac.jp/oka-anat/

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