◆発表のポイント
- 放線菌Streptomyces incarnatusが生産する核酸系抗生物質シネフンギンはSARSコロナ,デング熱,猫ヘルペスなど人畜感染ウイルスの細胞内増殖を強く抑制します。しかし生産量が極微量であるために社会的に活用されていません。
- 本研究では,機械学習Sparse解析で設計した変異コードを放線菌の転写装置に導入するゲノム編集技術を確立することにより,抗ウイルス薬シネフンギンの増産技術を開発しました。
- 抗ウイルス抗生物質は数多くの文献に報告されていますが,医薬品として実用化されたものは皆無です。本研究による遺伝子覚醒技術は抗ウイルス薬を社会で利用する路を切り開きます。
岡山大学学術研究院 環境生命科学学域の田村 隆教授と山本倫生准教授,坂本 亘教授,および京大,東大,神戸大などの共同研究グループは,抗ウイルス活性,抗原虫活性,抗真菌活性を持つ核酸系抗生物質シネフンギンの増産技術を開発しました。シネフンギンは発酵生産にかかわる遺伝子群が休眠状態にあり,極微量(< 2 ppm)しか生産されません。そこで遺伝子発現のボトルネックである転写装置RNAポリメラーゼ(RNAP)を任意に改変できるゲノム編集技術を開発しました。次にRNAPの突然変異効果の文献データをアミノ酸パラメータAAIndexに参照してSparse解析を行い,機械学習に基づく多重変異コードを設計しました。ゲノム編集技術を用いて変異導入した結果,高生産株が得られました。さらに量子化学計算により変異導入箇所はRNAPの内部アミノ酸残基とmRNAの強い相互作用が示され,今後の変異設計に利用できる新知見が得られました。これらの成果は令和3年1月20日、日本農芸化学会英文誌Biosci. Biotechnol. Biochem.に掲載されました。本研究成果はウイルス感染症の治療薬として期待されながら社会的にまったく利用されていない核酸系抗生物質の実装化に導く重要な起点になると期待されます。
◆研究者からのひとこと
「抗生物質はウイルスには効かない。」と世間一般には言われていますが,ウイルスの増殖を抑え込む抗生物質の報告が多数あります。これら核酸系抗生物質はウイルスが特異的に持つ代謝システムや酵素反応を阻害する選択毒性を発揮します。私は平成5年に本学農学部助手に着任して以来,核酸系抗生物質の増産研究に取り組んできました。核酸系は突然変異株の選抜を繰り返す通常の微生物育種では増産が困難でしたが,本研究により転写装置の改変という新しい手法を開拓しました。眠れる宝の山を社会的に活用することを本学におけるSDGs課題として取り組んでいます。 |
■論文情報
論文名: Multiple mutations in RNA polymerase β-subunit gene (rpoB) in Streptomyces incarnatus NRRL8089 enhance production of antiviral antibiotic sinefungin: modeling rif cluster region by density functional theory
邦 題 名: Streptomyces incarnatus NRRL8089のRNAポリメラーゼβサブユニット遺伝子rpoBの複数の変異は,抗ウイルス抗生物質sinefunginの産生を増強します:密度汎関数理論によるrifクラスター領域のモデリング
掲載誌: Bioscience, Biotechnology & Biochemistry (Oxford University Press出版)
著者: Saori Ogawa, Hitomi Shimidzu, Koji Fukuda, Naoki Tsunekawa1, Toshiyuki Hirano, Fumitoshi Sato, Kei Yura, Tomohisa Hasunuma, Kozo Ochi, Michio Yamamoto, Wataru Sakamoto, Kentaro Hashimoto, Hiroyuki Ogata, Tadayoshi Kanao, Michiko Nemoto, Kenji Inagaki, and Takashi Tamura
DOI: https://doi.org/10.1093/bbb/zbab011
<詳しい研究内容について>
機械学習(Sparse解析)とゲノム編集を活用した抗ウイルス活性物質の増産~眠れる宝の山,核酸系抗生物質の社会実装を目指す~
<お問い合わせ>
岡山大学学術研究院環境生命科学学域(農)
教授 田村 隆
(電話番号)086-251-8293 (FAX番号)086-251-8388