No.18 超高温・高圧の再現実験で地球の内部に迫る
No.18 超高温・高圧の再現実験で
地球の内部に迫る
惑星物質研究所 芳野 極 教授
地球の内部にある核やマントルは、最高でセ氏約5,500度、365万気圧という超高温・高圧下にあり、そこにある物質は私たちの想像の及ばないような挙動を示します。このような環境下に分布する鉱物の物性・構造はどのようになっているか、また液体や水の挙動はどうか―。惑星物質研究所の芳野極教授は、特殊なプレス機を用いて高温・高圧を再現し、地球の奥の知られざる真相に迫っています。
―惑星物質研究所(以下惑星研)では、どのような研究を行っているのでしょうか。
惑星研は、地球を含めた惑星の起源や進化の過程などを解き明かすことを目的としています。これには大きく2つのアプローチがあり、一つは地球外の天体などを、試料を採取したり観測するなどして分析する手法、もう一つは惑星内部の環境の再現実験を行う手法です。前者については、探査機「はやぶさ」が持ち帰った試料の解析を行ったことなどがよく知られていますが、私が行っている後者の研究についても大きな成果を挙げています。
地球内部にはマントルや核といった構造があり、地球の中心部である核は最高でセ氏5,500度、365万気圧ほど、その外側にあるマントルでもセ氏4,000度、130万気圧という非常に高温・高圧の環境下にあります。これらの環境には、常温・常圧では安定した存在を保てない物質も多く分布しますし、私たちの身近にある物質についても、普段では思いもよらないような挙動を見せます。私たち高圧実験のグループでは、その環境を高圧装置やヒーターで再現し、地球内部の様子を調べています。
―惑星研は、高圧実験の世界的な有力拠点と聞きました。
そういっていいと思います。まず、実験に不可欠な高温・高圧を発生させる技術で、世界的にもトップクラスです。高圧の再現には高圧発生装置という特殊なプレス機を使いますが、一般的に用いられるダイヤモンドアンビルセルは、圧力は高いものの、高圧下では数十ミクロンレベルのサイズの試料しか扱うことができません。本研究所で主に使用している大容量マルチアンビルでは約1,000倍の量の試料を扱うことができ、実験の幅が大きく広がるのですが、発生できる圧力が小さいのが欠点でした。惑星研はマルチアンビルの最大圧力向上において世界を牽引しており、独自に開発した焼結ダイヤモンドを利用する技術によって現在、マルチアンビルで再現できる圧力としては世界最高である120万気圧を達成しています。設備としても、5,000トン級のプレス機をはじめ計5台のプレス機を備えており、これほどの機関は世界でもわずかしかありません。
高温についても、惑星研のポスドクと大学院生が研究した「ダイヤモンドヒーター」を利用して、セ氏4,000度という温度を達成できています。高温に耐えられる安定性をもつダイヤモンドに、ホウ素を組み合わせることで導電性を持たせ、電流を流して高温を発生させます。従来のヒーターではセ氏2,500度程度が限界だったためこれは大きな進歩で、今まで測定できなかった物質の粘性などが測れるようになり、海外の研究者からも問い合わせを受けています。惑星研が世界のパイオニア的存在として、高圧実験の研究をリードしている例ですね。
―芳野先生は、具体的にどのような研究をなさっていますか。
地球内部の熱伝導度や電気伝導度を利用した研究を行っています。例えば、地球の中心部の核が6,000K(約セ氏5,700度)ほどあるのに対し、宇宙の背景放射温度計は2.7K(セ氏約-270度)しかなく、地球は宇宙によって冷やされ続けています。マントルや核を構成する鉱物の熱伝導度などの物性を測定することで、宇宙にどれくらいの速度で熱が逃げているのかを推定することが可能です。
また、地球内部にどれくらいの量の水があるのか、そしてその水はどこから来たのかの探究も、主要な課題として取り組んでいます。現在、探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」の調査に向かっていますよね。地球は小惑星が寄り集まってできたと考えられており、リュウグウは地球の元になった始原物質を多く含むと考えられます。地球の元になった小惑星には、水が豊富に含まれていたと推定されており、始原の地球にあったと考えられている水の量は、現在の地球の海水量よりはるかに大量です。では、地球ができた際にはたくさんあったはずの水は、どこへいったのでしょうか。宇宙に逃げたのか、地球の内部に眠っているのか、あるいは実際には元々水はほとんどなかったのか…。その答えを知るには、地球内部に今現在どれくらいの量の水があるのかを調べる必要があります。
また、マントルの挙動は水の含有量に大きく影響を受けるほか、水を多く含む場所は地盤の強度が下がって地震が起きやすくなるなど、地球内部の水の量や分布は地震や火山の動きに大きく影響します。地球の中の水の分布を知ることは私たちの生活にとって有用なことです。
―地球内部にある水の量を測る方法があるのですか。
有力な方法の一つが、電気伝導度を用いた方法です。太陽から放出される磁場が地球のもつ磁場によって乱されると、地球内部に誘導電流が発生し、地球内部の電気抵抗の分布がわかります。水を多く含む部分ほど大きな電流が流れるため、これを用いて地球内部の水の量が推定できるのです。
この方法を用いた研究の例を紹介します。マントルの少し深い部分、遷移層に含まれる鉱物は、最大で自身の重量の2%程度という大きな量の水を取り込める結晶構造をしています。もしかしたらここに大量の水が貯蔵されているかもしれないと考えられていましたが、電気伝導度を用いて実際に取り込んでいる水の量を算出したところ、重量の0.1%程度しかないことが分かりました。この成果は、2008年に著名な科学誌「Nature」に掲載されました。
他にも、温度を上げていくと水による電気伝導度上昇の効果は小さくなることや、地球上でプレートが沈み込む箇所ではマントル中に液体の水が層となって存在していると推測されるなど、この手法を用いてさまざまな成果を挙げています。
―高圧実験とは、具体的にはどのような手順で行うのでしょうか。
ターゲットとする地球内の箇所に存在するであろう物質の構成成分を用意し、プレス機やヒーターを用いてそれらを目的の温度・圧力下に置きます。その環境下で安定した物質ができたらそれを回収し、物性を測定したり、改めて目的の温度・圧力下においてふるまいを調べる、といった流れですね。破壊や変形をさせたときの変化なども調べたりするほか、より精密な環境再現やその場観察が必要な際には、兵庫県にある放射光施設SPring-8を利用することもあります。
―今後の研究予定を教えてください。
マントルの深い部分や核に含まれる水の量は、まだ十分に解明されていません。また、岩石からなるマントルと違い核は主に鉄で構成されているため、核とマントルとの境界ではどのような現象が起こっているのか気になるところです。大容量プレスを用いた実験では地球の核の環境を再現するのは難しいですが、水星や月など小さめの天体ならば今の技術でも再現可能なので、まずはその辺りを元に核の性質についても研究を進めていきたいです。
地球惑星内部を構成する物質の物性を測定するための新たな技術開発も考えており、より精密な環境設定や短いスパンでの動的な観測ができるような方法を開発中です。放射光も必要となるため大変に難しい実験ですが、可能になれば、例えば地震が起きた時にいつどこの岩盤が破壊され、どの部分に応力が溜まっているかなどの分布を可視化することもできるようになると考えられます。隕石の落下によって恐竜が絶滅した時、地球内部においてどのような変化が起こったか、解き明かすこともできるかもしれません。
―研究の道を志したきっかけは。
私の父も研究者で、オーロラなど超高層について研究していました。南極の第3次調査隊に参加したこともあり、私の名前の「極」も南極にちなんで名付けられたそうです。父の姿を見て、研究って楽しそうだなと幼い頃から思っていました。
学生の頃は地質学を専攻しており、ヒマラヤなどでフィールドワークをしていました。地質学は岩石や地質といったすでにある「結果」を元に、過去の姿などの「原因」を探る学問です。地質学に取り組む間に、圧力などの条件、すなわち「原因」を自ら設定し、何が起きるかという「結果」を調べる学問分野である高圧実験に興味を惹かれ、今に至ります。フィールドワーク出身の高圧実験の研究者は珍しい印象ですが、自然現象の複雑さや多面的なアプローチを学ぶことができ、自分の強みになっていると思います。
略歴
芳野 極(よしの・たかし)
1970年生まれ。東京大学大学院理学研究科博期課程修了地質学専攻、博士(理学)。東京大学地震研究所、岡山大学固体地球研究センター・地球物質科学研究センターのポスドクを経て、2008年に岡山大学地球物質科学研究センター准教授に着任、現在惑星物質研究所教授。専門は高圧地球惑星科学。高温高圧力下での電気伝導度測定で科学誌「Nature」に3本の論文を公表。SPring-8のユーザー共同体の地球惑星科学研究会の代表を2014年度から務める。
(19.4.23)